自立心を育てる(1)

子供部屋、書斎つくりません。その結果

勉強しながらの会話のいくつかを紹介しましょう

  • “巨人−阪神戦どうなってるかな? テレビ つけてみて!”
  • “お父さん。今日仕事のことでおもしろくないことあってね。聞いてくれるか?”
  • “K君(息子の友だち)このごろごぶさたしているね。元気?”
  • “新しい先生の教え方、どう?”

     などなど・・・

社長になった息子の“相部屋”感想文

出典:日経キッズ“受験習慣をどうやって身に付けたのか。親は何をしてくれたのか“,平成21年8月

“父と一緒にラジオを聞きながら勉強したことはとても楽しい思い出です”

という大きな字での見出しがあって、次の文章が始まります。
“学校が終わって、友達と外で遊んだ後に、18時ごろから父と野球のナイター中継をラジオで聞きながら、机を並べて勉強するのが小学生時代の日課でした。二人でひいきのチームを応援しながら父は仕事をし、僕は宿題やドリルをやる。本や漫画を読むこともありました。ナイター中継を聞くのも父とたわいない会話をするのも楽しかったですね。”

自立心を育てる(2)

  • 子供に自立心を育てるためには、その子専用の部屋を作らないことでしょう。例えあなたの家に沢山の部屋があったとしてもです。
  • 人、みな社会人、家族もみな社会人ですよね。常に家族の誰かと一緒に過ごし、家族とのつながりの中で自分自身の位置付けをし、自分の存在を確認する。こんなことが自然にできる相部屋の良さ。個室と相部屋の差を考えてみること、大切なことではないでしょうか。

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ボール投げ、しようね、おすもう、とろうね。絵本を読もうね。歌を歌いましょうね、と一緒に過ごしてくると、自然に勉強も一緒にねということになりました。
子供専用の部屋をつくるという発想は私には全く出てこなかったし、子どもの側からも小学生、中学生を経て高校生になっても、“この空いた部屋を個室として使いたい”との申し出はなかったのです。

自立心を育てる(3)

  • あいさつは本人にまかせること。
  • ころんで泣いたりしても助け起こさないこと。(ご注意。もちろん時と場合によります)
    “気をつけようね・・・”
    地面さんも、“痛い。痛い”、と言ってるよ・・・”
  • 算数、数学等について質問されたら“待ってました!”と喜んで教えてあげること。しかし注意すべきことがあります。

“これ教えて!”と言われたとき

  • “(時と場合によりますが)転んで泣いてもすぐ助け起こさないこと”。これと同じことが勉強の場でも起こります。
  • 算数、数学の問題について“分からないから教えて”と質問されることがあります。勿論、“待ってました!”と喜んで教えてあげます。ときどき、いやかなりのパーセンテージで、私自身がかなり忙しくしているときがあります。
    しかし、“教えて!と言われてお父さんはとても嬉しい”といった感じの笑顔を忘れないで、“お父さん、今忙しくしていてね・・・・・・。だからこの問題のどこが分からないのか、できれば図も使って分かりやすく説明してくれると助かるけれどね・・・。”と言うと納得してしばらく考えこんでいます。
  • しばらくして息子の方から弾んだ声で“答、分かった!”という返事が返ってきます。ほとんどの場合、このようになるのです。そうでない場合であっても、少しのヒントで答を導く力がついています。どうしてでしょう? 私の考える理由は以下の通りです。


  • 自分で考え、自分で答を見つけてもらうと私も助かります。忙しく仕事をしているときには特にそうです。
     しかも、このことによって息子には集中力、自立心が育つわけですから、私にとっては本当に大きなおまけまでつくことになるのです。

自立心を育てる(4)

ドイツの電車の中でのお話です。

4人がけのシートに私達夫婦とドイツ人の親子が座っていました。30才ぐらいのお母さんと2、3才の坊やです。私は車窓に流れる美しい田園風景を楽しみながら仕事をしていたのですが、鉛筆をうっかり床に落としてしまいました。そのとき坊やがすかさず拾ってくれて私に手渡してくれました。

 “ダンケ シェーン(ありがとう)”
と言うと、坊やは真っすぐに私の目を見つめたまま
“ビッテ!(どういたしまして)”
と言うではありませんか。

 我が国では、こんなとき母親が、“どういたしまして”と恥ずかしそうな坊やの顔を見ながら代返をすることが多かったように、記憶していましたので、二、三のドイツ人の知り合いに、“こんなことは珍らしいことなのか”と尋ねましたところ、“日本では珍らしいことなのか?”と逆に質問される始末でした。

サル社会にもある“あいさつ文化”

――サル社会を守るために必須の文化なのでしょうか――


 テレビ番組かあるいは新聞の報道で知ったことですが、数年近く前のことです。

 人の手で育てられていた若いサルを、野生のサルの社会に復帰させる試みがなされました。---しかしその若いサルは誕生直後から身に付けておかねばならなかったサル社会の中での“あいさつ文化”を全く学んでいませんでした。
 人の手で育てられたこのサルは、可哀想なことに数日後には復帰先の集団から激しい攻撃を受けることとなって追い出されてしまいました。

 追い出された原因は、勿論ほかにもあったでしょう。しかしこの報道では、サル社会の中でのあいさつが全くできなかったことが最大の原因であると指摘されていたと記憶しています。
とても考えさせられる報道でした。

 野生のサルや野生のイヌの世界では社会を守るためにあいさつは必須なのですね。時の流れとともに人の社会の中で消えつつある“あいさつ文化”、是非ぜひ復活させたいものです。

 あいさつが自然にできること、これが自立心を育むための第一歩、しかも非常に大きな第一歩でしょう。

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 私は今年3月まで、勤務先の大学で50人あるいは100人のクラスでの講義を幾つか持っていました。午前中の講義の場合は“おはよう!”、午後の場合は“こんにちは!”といつも大きな声であいさつをしました。勿論学生諸君も“おはようございまーす!”、“こんにちはー!”と元気よく応えてくれます。絆が生まれます。コミュニケーションの始まりです。

全国沢山の先生方が同じことを実行していらっしゃることでしょう。従って蛇足の言葉とは思いますけれど、
“大学生の授業中の私語が、あいさつがもたらす絆によって、すごく少なくなりますよ!”

自立心を育てる(5)

 米国のニュージャージー州の田舎町レッドバンクで暮らしていた時のお話です。

 緑の樹々に囲まれてゆっくりと流れ下るシュリュースベリー川の河畔に面したアパートに私たち夫婦は住んでいました。

 ある日曜日の午後、妻の咸子がピアノを弾いていました。何かの用件を思い出し、廊下に出ましたところ、小学校4,5年生と思われる少女が壁にもたれて妻のピアノ演奏に静かに耳を傾けていました。

 私がにっこり笑って“ハロー”と言いますと、少女は私の目をまっすぐに見つめたまま“ユア ワイフ プレイズ ピアノ ベリー ウェル!(奥様ピアノがとてもお上手ですね!)”と言ってくれるではありませんか。小学4,5年の少女というよりも立派な貴婦人という印象です!

 相手の目を見てしっかり自分の考えを述べる。自立心を育むための大切な第一歩かもしれませんね。

付録:えっ!勉強していると思っていたのに本や漫画を読んでいたって!!



 えっ! 宿題やドリルを一生懸命やっていると思っていたのに、本や漫画を読んでいたって!! 本当?

 いや、こう言う私もたまには週刊誌をペラペラめくって読んでいたことがありました。息子は仕事ばかりしている父と思っていたでしょうが…………。

  相手のしていることにはお互い全くの無関心だったのでしょう。私は
“息子は勉強をしている”
と考え、息子は
“父は仕事をしている”
と考えて、過ごしていました。

 このこと、つまり相手が何をしているのかはお互い全くの無関心であったことは、今にして考えてみると、私にとって生涯の誇りであり、最高の思い出であったと感じます。

 以上のことに関連して思い出すお話があります。米国で仕事をしていたときのお話です。
 ある日、上司が私のオフィスにやってきました。そのときの会話を紹介しましょう。            
上司 「あなたは、日本では大学院生達をどんな姿勢で指導していましたか?」
 
「うーん。特に何も意識していませんでした」
 
上司 「そうですか。それでは部下を指導する際に大切な心がけを教えてあげましょうか。日本に帰ってから役に立つでしょうから」
 
「お願いします。ぜひ教えて下さい」
 
上司 「部下の仕事ぶりを背後からそっと眺めて見る姿勢は厳につつしむべきでしょう。部下の仕事ぶりがどんなに気になっても、これを盗み見るようなことをしてはなりません。真正面から堂々と見る姿勢がとても大切なことなのですよ」

 私はこのとき、なるほど! と納得しました。しかし、日本に帰ってきて半世紀近くに及ぶ先生生活の中で、あるいは子育ての場で、この上司のアドバイスは全く実行されませんでした。つまり背後から見るという姿勢は論外として、真正面から堂々と見ることもしませんでした。

 大学では10数名の大学院学生さん、数名の学部の学生さん一人ひとりが毎週一度、仕事(研究)の報告のため、私のオフィスに来てくれます。

 私は学生さんと一緒にコーヒーを飲みながら、
“わっすごい。良い結果が出たね! 驚いた!” 
“先週より一歩、二歩前進したね” 
“学会発表に十分持っていけるよね。これは”

 こんなことを話していたと思います。会話のほとんどは心の底から出ていた褒め言葉でした。何事も前向きに明るく明るくとらえるという姿勢こそが、学生さんだけではなく、私自身にも先生稼業のやりがいを感じさせてくれる源泉であったと思います。自分自身も相手を褒めることにより、元気になります!お互いに仕事(研究)に対する気分を盛り上げることができて、とても楽しいのです。

 生涯ただの一度も
“うーん。もう少し頑張ろうか”
“OK! 一つの山を越えた。でも山はまだ二十も三十もある。頑張ろうね”
といった言葉は、私の口からは出てきませんでした。

 大学院学生さん達、学部の学生さん達は幾つかの学生部屋に別れて仕事をしています。私は、この部屋を訪ねて“真正面から仕事ぶりを見る”といったことは、生涯ただの一度も実行しませんでした。

 子育ての場でも同じことで、向いにすわって勉強をしている息子の勉強振りを、背後からは勿論、真正面から堂々とながめるといったことも全くなかったのです。

 私は学生さんに対し、常に
“OK!一つの山を越えた。次はあの近くの山、どうだろう。登ってみたら面白そうだぞ”
といった内容のことを言っていたと思います。

 私自身も、日頃取り組んでいる研究で一つの近くの目標を越えたら、“OK!十分な成果だ!”と心の中で叫び、安心し、とても楽しくなります。そして次の目標に挑戦する意欲が不思議なほど湧いてきます。


♪♪♪♪♪ここでお話は例によって脱線です♪♪♪♪♪


 皆さんは朝青竜という横綱を覚えていらっしゃるでしょうか。すばらしく強い横綱で無敵の勢いだったといってよいでしょう。

 ある初場所優勝後の横綱に、アナウンサーさんが
“今年の横綱の目標をお聞かせて下さい。六場所全部優勝ですか?”
といった内容の質問をしました。
 朝青竜は即座に
 “モンゴルの人は草原を渡るとき、近くの山を目指して歩ぎます。近くの山がまづは第一目標です。私も三月場所に優勝することを目指して、頑張ります。それ以上の目標はありません”
と答えていたと思います。

 モンゴルの人は長い旅をするとき、幾つもの山を越えて行かねばならないと考えると、それだけで多分気が重くなるのでしょうね。モンゴル出身の大横綱朝青龍も初場所に優勝した自分を自分自身で思い切り褒めてあげ、喜び、満足し、その気分の延長線上で3月場所(春場所)を目指して勇気百倍で取り組むことができたのではないでしょうか。春場所は勿論、五月場所、夏場所、秋場所、十一月場所全て優勝したいなどと考えると、それだけで気分が重くなり、日ごろの練習にも気合が入らなくなってしまうというのではないでしょうか。

 私は息子がドリルをたった一題しか解かなかった日でも、ノートに大きく「努力賞」と書いてあげました。
 息子は大喜びし、次は少なくとも一題は解いてやろうと考えます。そしてもし一題解き終わったら、よしもう一題解いてみよう。お父さん、きっとびっくりするぞ、と考えるでしょう。この延長線上でときには、解いた問題が二十題以上となって“三冠王”という大きな大きなご褒美を手に入れることができたのでした。

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